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現実とデジタルを融合する「Spatial Computing(スペーシャル・コンピューティング)」の新しい空間体験

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目黒
スマートフォンや専用デバイスを通して現実世界を見ると、現実には存在しないものがあたかもそこにいるかのように見える。それがAR(拡張現実感)です。これまでは、それぞれの人がデバイスを通じて同じ場所に同じものを見ることができず、そしてそのAR体験もアプリを閉じたら終了してしまうものでした。それに対し、空間スキャンとクラウドの技術を用いることによって、複数の人が同じ場所で同じAR体験をいつ来てもできるようにするのがARクラウドです。現実空間には存在しない、建築や製造していないものを媒介にして、ユーザー同士がリアルタイムに体験や感情を共有し、コミュニケーションがとれるようになる。そこにARクラウドの画期性があります。そうなると、そこが新たなサービスを生むプラットフォームとなり、現実空間のすべてが新たなメディアとなり、生活者インターフェースにもなりうると考えています。情報体験や買物体験を含む日常生活全般、イベント体験、我々が提供する広告のあり方も恐らく大きく変わってくるでしょう。

──ARとVR(仮想現実)、MR(複合現実)の違いについても解説してください。

目黒
端的に言うと、「現実情報と仮想情報のブレンドの違い」と言えそうです。VRは現実情報が0%で、仮想情報が100%の空間を実現します。ARは現実に仮想情報を重ねる技術ですが、MRは現実情報に仮想情報を重ねることで現実と仮想とが区別がつかない世界を想定しています。現在は概念理解のために用語も分けられ、用いるデバイスも異なっていたりするのですが、究極的にはそのブレンド比率をただ調整するだけとなり、明確な区別はもっとなくなっていくと考えています。

──ARクラウドという技術が生まれたのはいつ頃ですか。

木下
僕がその言葉を初めて耳にして意識しだしたのは2017年の11月くらいですが、元々はOri Inbar氏がその何ヶ月も前に提唱した概念だと認識しています。ただ、僕たちの捉え方としては、ARクラウドはあくまでも要素技術の一つで、ユーザー体験の視点から見れば「Spatial Computing」と言った方がわかりやすいと考えています。

──「空間コンピューティング」ということですね。

木下
そうです。ARクラウドの研究というのも、もっと大きい視点ではサイバーフィジカル空間上でコミュニケーションを体験できる技術の一部でして、それを実現する要素技術として、5G、AI、IoTなどと並んでARクラウドがあるという整理になります。

──「サイバーフィジカル空間」についてもあらためて説明していただけますか。

木下
今まではデジタルとフィジカルは別々のものだったけれど、フィジカルのデジタルコピーをつくり、そこにデータを紐づけて一元的に管理することによって新しい空間体験が生み出されると考えています。その空間体験が生まれる「場」のことをサイバーフィジカル空間と呼んでいます。ただ、これは非常に広い概念となっていて、例えば内閣府は「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステム」によって実現されると説明しており、都市交通システムの自動化など産業分野での青写真が描かれています。ただ、それをどうリアル空間での生活者インターフェース化をしたり、マーケティング・コミュニケーションやクリエイティブやサービスデザインの領域に活用しうるかについては今まさに検討が始まった段階です。

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目黒
現実とデジタルを融合させこれまでになかった生活価値を創造するには、リアルの文法あるいはサイバーの文法というようにいずれかの文法で考えるのではなく、リアルとサイバーを組合せた新たな思考法が必要だと思っています。次世代のプラットフォームや新しいインターフェース、新たなコミュニケーションの形というものは、その先にこそ立ち現れるのでは?と考えています。

プロトタイプを世の中にどんどん出していく

──マーケティング・テクノロジー・センターがSpatial Computingの取り組みを始めたのはいつ頃ですか。

木下
それも、2017年末くらいですね。博報堂DYグループ内で進めていた次世代顧客接点づくりのプロジェクトの一つにARやVRを含むいわゆるxRの領域があって、その基礎研究に着手したのが最初でした。当初の視点は、xRをUX(顧客体験)づくりに使って新しいサービスビジネスを生み出せないかというものでしたが、「xR技術を活用したプラットフォームをつくる」というところまで視野が広がったところで、ARクラウドという技術がクローズアップされるようになりました。

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目黒
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木下
MESONとの共同研究を開始したのが2019年に入ってからでしたね。そこからARクラウドで何ができるかを一緒に考えて、神戸で開催されたクロスメディアイベント「078KOBE」でタブレットを用いたARクラウド体験のデモを行ったのが4月でした。

「078KOBE」デモ風景

目黒
その後、12月には「XR Kaigi」、年明けて1月には「DOCOMO Open House 2020」でグラス型のMRグラスを用いてARクラウド体験デモを行いました。
木下
従来のR&Dは、リサーチをして、研究テーマを決めて、プロトタイピング・PoCを経て、ソリューションやサービスとしてリリースしていくという流れで、最初は技術動向を調べたり、コンセプトワークをしてこういうものを作ろうといったアプローチから始めていたんですが、Spatial Computingの周辺で起きている技術革新のスピードや社会環境の変化のスピードが早く、この領域で何かを生み出していこうとするときに、そのようなウォーターフォール的なやり方で進めていくとあっという間に世の中からおいていかれてしまうと僕たちは考えました。そこである時点で、大胆に方向転換をすることにしたんです。

まず自分たちが思い描く理想のサービスのユースケースをつくり、それをどんどん世の中に出して、フィードバックを見ながら、課題を見極め、修正していくというものです。いわゆるアジャイル型と呼ばれる方法で、「078KOBE」や「XR Kaigi」に参加したのもその一環でした。僕たちにとっては一つの賭けでしたが、今のところその方向性でアプローチをしていくことでユーザーの体験の声やxR技術プレイヤーとの新しいネットワークを開拓できたり、新規ビジネスの相談の機会を獲得できるなど、合っていたかどうかまでの確証は得られてませんが(笑)、今のところ間違っていなかったなという実感を得ています。

空間の新しい使い方を示すチャレンジ

──直近の取り組みについてお聞かせください。

目黒
2月に東京ミッドタウンで開催された「未来の学校祭」では新しい体験デモを発表しました。MRグラスを用いた次世代のコミュニケーションコンセプトとして3種類のデモを用意したのですが、一つは空間に他の人が残したメッセージや備忘録を読むことができるというもので、これは空間をSNSのように使ったコミュニケーションの可能性を示すことを狙ったものです。

「未来の学校祭」デモ風景

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そういった空間と生活者との新たな関係性を指向したのが二つめのデモです。東京ミッドタウンの吹き抜け空間の天井面に、参加者がARによって枯山水づくりを行うというデモです。通常の枯山水は地表面につくられるものですが、ARなら物理法則を無視して天井につくることも可能です。そもそも枯山水とは砂と石によって仮想的に世界観を見立てるものですが、枯山水の「枯」にはもともと「仮」の字が当てられていたそうです。そう考えれば、枯山水づくりはARのデモにまさにぴったりだと考えました。

「未来の学校祭」デモ風景

そして三つめが、今回の未来の学校祭のテーマであった「脱皮」をお題として、空間にメッセージを残してもらうデモです。これを僕たちは、「絵馬的コミュニケーション」と呼んでいたのですが、神社ではたくさんの人がメッセージを書いた絵馬を一つの場所に掛けますよね。絵馬はいわば天に向けたメッセージだったり自分の決意の顕れだったりするので、後からその場所に来る特定の人に向けられたメッセージではないのですが、自分が絵馬を掛けに行く際その誰かの絵馬がチラッと目に入ったりすると、人知れず勇気づけられることもあるのではないかと考えました。AR技術を使えば、過去にその場所に来た人からのメッセージを受け取り、自分がその感情を受け取って、さらに新たなメッセージを未来に届けるバトンリレーのようなコミュニケーションがあらゆる場所で実現できる。いわば、その場所に宿る感情を可視化するような行為ですが、そんな可能性を示したデモです。

「未来の学校祭」デモ風景

Spatial Message in 「未来の学校祭」ダイジェスト動画

テクノロジーと社会や生活者を結ぶ

──博報堂DYグループ内での理解も進んでいますか。

木下
グループ内でも我々が進めているプロジェクトについての紹介は特に最近は重点的に行ってきたつもりです。部署ごとに役割やミッションは異なるので、それぞれの文脈に合わせた説明をしていく必要があると思っています。これまでの対話の中で最も手応えを感じたのはクリエイティブの領域です。これまでのクリエイティブのスキルをサイバーフィジカルという新しい場にどう活かしていくか。そこに可能性を感じてくれている人たちがたくさんいます。

これまでの社内外でのプレゼンの中で気づいたことは、やはり技術起点での説明ではSpatial Computingの可能性はうまく伝わらないこということです。この技術が社会や生活者にどういう影響を与え、そこにどういう価値が生まれるのか。それをわかりやすく、具体的に示す必要があります。

目黒
出版社で小説の編集をしている方に、こんなことを言われたことがありました。「担当している作家が30年後の未来についての物語を構想していて、そのネタ集めにいろいろな人を取材したものの、技術の話はそのまま小説の素材にするのは難しく考えあぐねていた。でも、博報堂の話には何かヒントを感じる」──。その時に、我々のようなアプローチもこの領域では価値を持ち得るのではないかと感じました。

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木下
先ほども触れましたが、Spatial Computingの技術を用いたプラットフォームをつくることが一つの目標です。博報堂DYグループだけでできることではないので、ほかのプレイヤーとのアライアンスを目指していくことになります。特にこの領域に多額の投資を行っている技術プレイヤーがたくさんいるので、そういったプレイヤーに対して博報堂DYグループの存在価値を提示し、大きなアライアンスをリードできるよう努力していきたいと思っています。

──そこでの博報堂DYグループの役割とはどのようなものになりそうですか。

木下
いわゆる「広告代理店」的な広告商品を作って売る立ち位置でも、スポンサー的な立ち位置でもなく、新しいサービスやプロダクトを社会実装していくプロジェクトをプロデュースし、オーナーシップを発揮するということだと思います。今まではさまざまな専門家が集まるプロジェクトになっていくと、どうしても各社の利害関係を調整しながらすすめる役割を担いがちなのですが、生活者が本当に求める未来像を提示し、その未来を実現するためのサービスやプロダクトをスピード感もって実現する道筋を提示し、その活動を推進できる立場を担っていければと思っております。
目黒
未来に向けたビジョンを描き、それを軸にして多くのプレイヤーとオープンに協業していく。そんな形が実現したら素晴らしいですよね。
木下
ビジョンに加えて、今使えるテクノロジーを見極めるマネジメントと、我々のDNAであるクリエイティビティから生まれたUXの実装。その三位一体でSpatial Computingの社会実装を牽引していくことを目指したいですね。Spatial Computingは、まだまだプロトタイピングの段階にあります。まずは、いろいろな人のお力をお借りしながら、さまざまなアイデアを形にしていくことに注力したいと思います。

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  • 博報堂 研究開発局 木下グループ グループマネージャー
    博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター 開発1グループ グループマネージャー
    2002年博報堂入社。以来、マーケティング職・コンサルタント職として、自動車、金融、医薬、スポーツ、ゲームなど業種のコミュニケーション戦略、ブランド戦略、保険、通信でのダイレクトビジネス戦略の立案や新規事業開発に携わる。2010年より現職で、現在データ・デジタルマーケティングに関わるサービスソリューション開発に携わり、Vision-Graphicsシリーズ, m-Quad, Tealiumを活用したサービス開発、得意先導入PDCA業務を担当。またAI領域、XR領域の技術を活用したサービスプロダクト開発、ユースケースプロトタイププロジェクトを複数推進、テクノロジーベンチャープレイヤーとのアライアンスも行っている。また、コンテンツ起点のビジネス設計支援チーム「コンテンツビジネスラボ」のリーダーとして、特にスポーツ、音楽を中心としたコンテンツビジネスの専門家として活動中。
  • 株式会社博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター 開発1グループ
    上席研究員 兼 株式会社博報堂 研究開発局
    2007年博報堂入社。FMCG領域におけるデジタルマーケティング業務、グローバルPR業務に従事。
    2018年より現職で、ARクラウドを始めとして生活者との新たなタッチポイントやコミュニケーションを生みうる新技術の研究を行っている。

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